神戸市の未来構想 その7

ここで、疑問に思う事が有ります 何故、繁栄していた新開地と神戸駅が寂れたの?
終戦後暫くはJR神戸駅が神戸で一番繁栄していた駅でした

神戸駅の海側には日本を代表する数社の重工業、造船所などが有り、通勤時間帯には多くの勤め人の乗降で混雑していました

反対の山側出口を出ると湊川神社、市役所が近隣に有り、大阪ガスビル、賑わう、交差点の一角には新開地一番のビル聚楽館が聳え立ち神戸一番の繁華街でした

当時は娯楽の新開地が有名で、新開地商店街を歩くと、劇場、映画館など軒を接して娯楽の殿堂新開地でした 商店街の裏筋には西日本一福原遊郭の名残の飲食店が並び昼は映画館通り、夜は遊郭街が賑わい、娯楽の殿堂が一堂に集まったような場所でした、

土日には家族と一緒に散策する人で溢れ、人込みで毎日が縁日で、        今では、神戸駅に降り立っても えっ、ここが神戸と驚くほど、寂しい街に変わりました

何時の頃からか?
神戸の街の中心はJR三ノ宮駅を起点に変化しました

三宮には、市役所が移転して、銀行、証券など金融関係 「そごう」現在阪急阪神百貨店、大丸百貨店、三宮センター街、元町商店街など、オシャレな物販を扱う場所が集約され、三ノ宮駅を中心に賑わっています

50~60年の間に経済の繁栄地域が大きく変わりました

なんで、理由は沢山あります、                                                                         今、その原因を述べるより、神戸市自体が神戸駅と新開地地域のように寂れないような未来計画を今、始めなければ、未来都市神戸は沈没してしまう、

後10回にわたり説明させてください

 

世界の国が驚く神戸活性化計画を、乞うご期待ください

 

 

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